
特集:明日への扉
中小企業こそ取り組みたい
従業員の資格取得
従業員の能力を高めたいと考える経営者は多い。
資格取得の推奨は、会社と従業員双方にメリットがある。
会社にとっては、従業員の能力アップによる業務効率向上はもちろん、会社の評価向上、求人確保や離職防止も期待できる。
従業員にとっては、能力と社内評価の向上に加えキャリアプラン拡張につながる。
「従業員が取得にやる気を見せない」「資格を強制したくない」といった経営者の悩みも聞かれる。資格取得の価値と取り組み施策について考察する。
- 資格取得
- 推奨資格
- 教育訓練給付制度
- 人材確保
- 業績向上
この記事のポイント
- 資格取得は個人と組織のポテンシャル向上、人材確保に効果的
- 相性のいい2つの資格を組み合わせると、スキルにシナジーを期待できる
- 資格手当の制度設計と教育費助成の活用で、費用対効果アップ
資格取得はやる気アップと
業務効率向上の好循環を生む
協力=経営コンサルタント 林雄次氏(はやし総合支援事務所)
能力の高い人材を採用するにはコストがかかる。そもそもスキルや経歴不問で募集をかけても人材確保に苦労する中小企業は多い。新しい人材の獲得より、既存従業員の能力を引き上げる方が人件費はかさまず、人材不足が著しい昨今では現実的だ。
「従業員が今の2倍働くのは無理な話だが、同じ就業時間で2倍のパフォーマンスにするのは不可能ではない。その近道が資格取得だ」と話すのは、はやし総合支援事務所代表の林雄次氏だ。社会保険労務士・行政書士・中小企業診断士の資格を有し、中小企業のサポート業務にあたる同氏は、他にも500を超える資格を保有する。
「うちのような小さい会社は費用をかけて資格取得を推奨する必要はないとする経営者は多いが、間違いだ。むしろ企業規模が小さいほど、従業員の資格取得による効果は表れやすく、投資効率は高い」と林氏は強調する。
資格取得のメリットは多い。まず、学びの直接的な影響として個人のスキルアップが図られる。モチベーション向上の効果も大きい。「資格取得の成功体験を得ると、学ぶ行為が習慣化する。スキルアップし業務効率が上がる好循環が生まれる。頑張って取った資格を軸に社内キャリアも描きやすくなり、離職防止にもなる」と林氏は続ける。
さらに、組織としてのポテンシャルが高まる。個々が得意分野を持てば、チームとして幅広いスキルと知識を備えられるからだ。資格への挑戦は結果と評価が分かりやすく、努力が社内で見える化し、組織内に
専門性が高まるとサービス単価の向上が望め、売り上げのアップにもつながる。「AI関連資格のG検定(ジェネラリスト検定)を例に挙げると、従来は営業担当者が顧客とのヒアリング結果を報告し、開発部隊にAIを活用したアップセル企画を検討してもらっていた。営業担当者がG検定を取得すると、顧客とのヒアリング段階でAI活用を提示できるようになり、開発部隊への相談前にサービス単価の向上が狙えるようになった。営業担当者の説得力が高まり、印象も格段に良くなった」
会社の対外的評価も高まる。自社サイトで資格保持者数を公表すれば企業イメージが良くなり、公共案件の受注も有利になる傾向がある。リクルーティングの面でも採用コスト低減につながる。「求職者が資格取得サポート制度の有無を見れば、当然、制度がある企業を選ぶ。さらに、制度がある企業には意欲的な人材が集まりやすくなる」
狙う資格は掛け算のシナジーで考える
建設業は資格社会といわれる。重機の取り扱いをはじめ、資格の有無によって担える業務が決まるからだ。本来業務に必須な資格は当然、順次取得を目指す。同じ資格の等級を上げた場合、専門性が高まり仕事の単価は上がるが、使える場面は狭くなる。例えば、大工が宮大工になった場合を考えると分かりやすい。
「従業員に資格を足し算していく取得法を推奨しても、資格数と共に会社にメリットがあるとは考えにくい。意識したいのは、新しい価値を生み出す資格の掛け算だ。資格の組み合わせによって、個人スキルにシナジーが生まれるかを重点的に考えた方が良い」と林氏は強調する(図A参照)。
自社の業務に何が不足しているか、どうすれば個人の強みをもっと生かせるか。柔軟な発想で資格を組み合わせると、思わぬシナジーが生まれる。
■図A:資格の掛け算でスキルのシナジーが生まれる組み合わせの一例
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補助金と税制優遇をフル活用する
会社が資格取得を促すなら、講座の受講費や教材費、受験料等の経費は会社負担となる。コストに二の足を踏んでしまいがちだが、補助金や税制優遇が活用できる。
検討したいのは「教育訓練給付制度」だ。厚生労働省が指定する教育訓練の修了時に受講費用の一部が支給される。レベルに応じて支給額は異なる。最もハイレベルな「専門実践教育訓練」の場合、受講費用の50%が支給される。加えて、資格取得かつ訓練修了後1年以内に雇用保険被保険者として雇用されている場合、受講費用の20%が追加支給となる。さらに2024年10月の制度拡充により、訓練修了後の賃金が受講開始前に比べ5%以上上昇した場合は、受講費用の10%が追加支給されるという。つまり受講費用の80%(年間上限66万円)を取り戻せる仕組みだ。
厚生労働省の制度には、従業員に職業訓練を計画に沿って実施すれば、訓練経費や訓練中の賃金の一部を助成する「人材開発支援助成金」もある。高度デジタル人材育成を施した場合、経費助成75%、賃金助成1人1時間あたり960円と手厚い。
自治体によっては支援策もある。地元の商工会議所や中小企業診断士に相談すると良い。例えば東京都は、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関する職業訓練に特化した「DXリスキリング助成金」を行っている。
■図B:資格取得に利用できる補助金
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教育費の会社負担については、消費税の仕入税額控除を最大限利用したい。従業員の教育費は課税仕入れにできる。教育費分を給与に上乗せするよりも、実際にかかった教育費を精算し実費支給する方がコストは抑えられる。全社員の給与に教育費を上乗せする方法は、従業員からの受けは良いが、実際の効果について林氏は懐疑的だ。
「会社がいくらサポートしても資格取得に消極的な人はいる。仮に全社員に教育費2万円を支給しても勉強する人ばかりではない。教育費は一律に支給せず、やる気のある人を支援する仕組みとして個別精算するのが得策だ。かかった分だけ精算する制度を整えれば良い」
どのような資格取得を目指し、会社はどうサポートするか。従業員一人ひとりに寄り添ったきめ細かな対応が求められる。
従業員のチャレンジを促す
資格取得対策Q&A
資格取得を実現する具体的な課題について考える。従業員の成長のため、ひいては会社の経営戦略のために、どのような資格取得を推奨すれば良いか。資格取得を促すには会社はどういったサポートをすべきか。林氏に聞いた。
■資格選び編
Q 業務を問わず幅広く役立つ資格は?
A 全業種に有効なのは「ITパスポート」
ITに関する知識や技術の水準を経済産業省が認定する「情報処理技術者試験」のうち、基礎となるのがITパスポートだ。試験は「ストラテジ系」「マネジメント系」「テクノロジ系」の3分野から満遍なく出題され、企業や組織のITリテラシー向上に必要な基礎知識全般を身に付けられる。
「IT関連試験の入門編といえる。実はITパスポートという名称ながらIT関連の内容は半分に満たない。試験勉強を通じて、戦略企画や管理といった企業活動に必要な基礎知識を、現代に不可欠なIT関連と共に効率良く学べる。スキル全般の底上げに有効だ。もし従業員全員が取れば非常に強い組織になるに違いない」(林氏)
Q 製造業におすすめの資格は?
A 「QC検定」で品質管理の知識を身に付ける
QC検定(品質管理検定)は、品質管理の考え方や実践法、改善能力を問われる試験だ。1級と2級は品質管理の経験者を、3級と4級は品質管理を初めて学ぶ新入社員や学生を対象とする。品質向上、業務効率化に直結する実際的な視点が得られる。
「2級以上は品質管理のプロが目指す難関資格。3級までは職場の問題解決に関連する全ての人に有用な内容だ」(林氏)
Q 建設業でおすすめの資格は?
A 「PMP」で管理者のスキルが一気にアップ
プロジェクトマネジメントに関するスキルや知識を証明する国際資格として広く知られるのがPMP(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)だ。
建設業とIT業は、実はビジネス構造が似ている。いずれも大いに管理業務を伴うからだ。IT業では、プロジェクトマネジメントが極めて重視されるが、建設業の中小企業には、プロジェクトマネジメントの考え方がやや希薄な傾向がある。PMPで得たマネジメントメソッドを建設の現場に取り入れれば、管理業務の大幅な改善が期待できる。
「親方が感覚で取り仕切り、部下はその背中を見て管理業務を覚えるという職人的な慣習は、現在においては非効率といえる。PMPは生産性向上や働き方改革に大きく寄与する資格だ」(林氏)
Q 資格のトレンドは?
A AIとSDGs関連の注目度が上昇中
AIは中小企業においても今後一気に身近になると予測される。G検定は、AIの活⽤リテラシー習得の検定試験だ。AIで何ができるか、どう活用するか、活用に何が必要かといった実践的な知識を得られる。デジタル人材育成に効果的な資格として評価は高い。
SDGs関連の資格も人気を高めている。現在SDGs関連資格は乱立状態で、今後淘汰される資格も発生すると考えられる。注目したいのは、環境省がガイドラインに基づき、脱炭素に関わる民間資格を認定する「脱炭素アドバイザー資格」だ。3段階の認定レベルがあり、「脱炭素アドバイザー ベーシック」「脱炭素アドバイザー アドバンスト」「脱炭素シニアアドバイザー」の順に難易度が上がる。脱炭素アドバイザー ベーシック認定資格には、GX検定ベーシックや炭素会計アドバイザー資格3級がある。
「AIではG検定が入門編として手堅い資格だ。SDGsでは環境省公認と言える脱炭素アドバイザーが、肩書としてPR効果も含め価値が高いと考える」(林氏)
■図C:従業員に推奨したい資格と合格率の一例
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![G検定(ジェネラリスト検定)[AI、ディープラーニング]:合格率73.39%(24年11月実施回)
ITパスポート[IT、情報処理]:合格率49.9%(24年4~12月度累計)
ほめ達!検定3級[コミュニケーション能力、観察力]:講座受講者は原則として全員合格
整理収納アドバイザー[整理整頓]:講座受講者は原則として全員合格
防災士[防災、災害対応]:合格率約92%(23年度)
QC検定4級[品質管理]:合格率85.25%(24年9月実施回)
QC検定3級[品質管理]:合格率53.57%(24年9月実施回)
PMP(プロジェクトマネジメント·プロフェッショナル)[プロジェクトマネジメント]:合格率非公表
GX検定 ベーシック[GX]:合格率77.53%(24年11/5~28実施回)
炭素会計アドバイザー資格3級[カーボンニュートラル]:合格率76.8%(24年10/31~11/30実施回)](/assets/images/door_to_future/202504/img_03.jpg)
■社内制度編
Q 資格手当の制度はどう設定すればいい?
A 業務への貢献度と難易度を参考に
資格手当には、取得時に支払う一時金(合格報奨金)と、月給に加算する月次手当の2種類ある。支給額は、資格内容の業務への貢献度に加え、合格難易度を考慮して決める。例えば、合格に必要な学習時間を難易度の参考にすると良い。例えば、社会保険労務士なら1000時間、宅地建物取引士なら300時間、PMPなら100時間といわれている。資格学校や資格講座が算出した相場が参考になる。
「一時金手当を支払う場合、まとまった金額でなく、ささやかなお祝い程度に抑えた方が良い。合格を機に離職する従業員もいるからだ。月次手当を支給し、長く在籍するほど得になるつなぎとめ(リテンション)にするのが得策といえる。手当を狙って資格取得ばかりに躍起になる従業員が現れる可能性もある。月々の支給額の上限設定も大切だ」(林氏)
手当とは別に、資格の役立ち度を人事評価ポイントに取り入れる制度も設定したい。業務において資格がしっかり活用されているなら、会社は正当な報酬を与えたい。
Q 従業員に勉強を促すには?
A 業務時間内での学習を認める
会社として資格取得を推奨する姿勢を示す意味でも、就業時間内での学習を許可したい。ただし制度化には注意したい点がある。例えば、朝に30分間全員で勉強するルールにすると「自分は勉強よりも仕事がしたい」と反発する者が現れる。強制ではなく「勉強したければ1日につき1時間は堂々と勉強しても良い」とやる気のある者をサポートする形が望ましい。
「教育費の会社負担も、資格取得へのハードルを下げる。とはいえ、担当業務を軽減するわけではなく、公平性を期すために仕事はきっちりこなすのが条件となる。資格取得に興味がない者のモチベーションを下げない配慮も必要だ」(林氏)
■勉強法編
Q 勉強時間の捻出はどうすべきか
A 試験までの一定期間、何かをやめる
無目的にスマホを見る時間や通勤の移動中、何気なく過ごしている時間を意識的に勉強に充てる。隙間時間の活用が習慣化すると、ダラダラする時間は必ず減る。まとまった時間は、思い切って何かをやめて生み出すしかない。例えば、飲みに行くのをやめる。ランチの外食をやめる。見るテレビ番組を減らす。試験までの期間限定と決めて取り組むと継続しやすい。
「昨日の1日を振り返ってみても、全く何もしていない時間はなかったはず。仕事以外にも食事や睡眠など必ず何かをしている時間だ。新しいことをプラスで始めてもオーバーフローで必ず破綻する。どこかの時間を思い切って削るしかない」(林氏)
Q 効果的な学習方法は
A 試験問題を解くことから始める
参考書をすべて読み切るより、まず試験問題を解いてみる。どれくらい分かっているか、何が理解できていないか、"自分の現在地"を把握できる。解いた後にテキスト学習すると、試験問題の結果を踏まえて、何を重点的に学ぶべきか意識して取り組める。テキスト学習では、分からなくてもとにかく先に進み、理解できることを知識として定着させるのが効率的だ。テキスト学習を一通り終えたら、再び試験問題を解く。そしてテキスト学習をと繰り返す。
「高校までの受験勉強は、テキスト学習で知識を一から積み上げ、最後にボスキャラである試験に挑戦するスタイルだ。資格試験では、すでに習得している多様な知識で答えられる部分も少なくない。どんどん試験問題に挑戦し、ボスキャラを倒すにはどうすべきかを考えて、テキスト学習を進めるのが良い」(林氏)
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