
特集:明日への扉
目指せムダ撲滅!
生産性向上で
人材難時代を生き抜く
生産年齢人口が減少し続け、経済活動を支える労働力の不足が進んでいる。
特に中小企業は人材不足が深刻だ。その一方で、働き方改革が求められる現在、従業員の労働時間の延長や過剰な負担を強いる選択肢は現実的ではない。
では、どのようにして問題を解決すべきか。従業員が短い時間で効率的に成果を出せる仕組み作りがカギとなる。
- 生産性向上
- 働き方改革
- 利益率増
この記事のポイント
- 毎週15分の内省タイムでムダな作業を洗い出す
- 社内会議を4つのポイントで見直す
- 人材不足になりがちな中小企業こそ、まずはトライ
ムダ時間を削減できる企業が生き残る
協力:働き方コンサルタント・越川慎司氏(クロスリバー代表取締役社長)
業種にかかわらず、労働時間の短縮は経営者にとって克服すべき課題だ。とはいえ、ただ作業にかける時間を短くすれば良いわけではない。800社以上の働き方改革を支援してきたクロスリバー代表取締役の越川慎司氏は、「時短を目的にすると業務改善は失敗しやすい」と説く。
「就労時間のタイムパフォーマンスを向上させるのが肝心だ。まずはムダな作業を見つけ出して省き、その上で必要な作業の時間短縮を図る。この順序で業務改善を進める会社は、生産性、効率性を共に上げている」
一律に作業時間短縮を目指すのではない。会社全体のムダ時間の短縮が最優先というわけだ。
週1回15分間の内省タイムがカギ
ムダを探すには、従業員が内省の時間を持つのが近道だと越川氏は話す。1週間に1回、15分で良いので、従業員が各自の1週間の仕事を振り返る。成果につながったのは何か、ムダだった作業は何かを考える時間を与える。
「何時間もかけて見栄えの良い資料を作ったが、会議で使われなかった」「長時間の会議に出席したが、結局何も決まらずに終わった」などが「ムダだった作業」にあたる。
「ムダな仕事はない」と考える人もいるだろう。しかし、実は省ける業務は意外に多い。越川氏がこれまで支援してきた企業で調査を行ったところ、何の成果も生まなかった時間が、労働時間全体の11%を占めていた。
ムダを見つけるには、従業員それぞれが年収を時給に換算してみるのも良い方法だ。中堅中小企業の正社員の平均時給は3000~4000円ほどだ。この時給をもらう人が、半分の時給の人でもできる作業をしたり、AIやIT機器の活用で簡単に処理できる作業に費やしたりするのはムダといえる。
例えば、建設現場で指揮を執るべき技術者が図面の印刷に2時間かけたとしたら、その時間はムダに該当する。
「社内に内省を定着させるには、何曜日の何時からと時間を決めて、一斉に振り返りをする。その時間はパソコンやスマホから離れるルールにしておこう」と、越川氏はアドバイスする。内省したら個人ごとに、もしくはチームや社内全体で共有し、ムダを省くように行動する。
越川氏の経験によると、最も効果があるのは金曜日の午後3時からの15分間だという。そのときの反省を元に、翌週の月曜日から行動を変える進め方が有効だ。
では、内省でどんなムダが浮かび上がったのか。
これまで関わってきた企業を対象に、時間を浪費する項目を調べたところ、ほとんどの企業で1位が社内会議、2位が資料作成、3位がメール処理だった。中でも社内会議には、稼働時間の実に4割が費やされた。
図A:何に時間を使っているか

出典:クロスリバー(2024年1月~2024年6月に17万3213人を対象に行った調査)
企業において収益を生むのは、顧客に対応する時間だ。ならばこれらの上位3つのムダを減らし、顧客対応に時間を割くほうが、タイムパフォーマンスの向上に直結する。
会議、資料作成のムダを省く
具体的に、ムダを省くにはどうすれば良いのか。まずは社内会議から見ていこう。
社内会議は下記の4つから始めよう。
- ①出席者を減らして小さくする
- ②時間を短縮する
- ③会議自体をなくす
- ④形式を変える
まずは「出席者を減らして小さくする」に注目したい。情報共有会議や決定会議、アイデア出し会議、朝礼などの教育啓蒙会議にはそれぞれ適正な人数がある。その人数に出席者を絞る。
決定会議なら7人までが最適だ。ただし出席するのは意思決定者に限定しよう。オブザーバーが出席すると、気を遣いかえって決定が遅れる。
越川氏によると、オンライン会議の内職率、つまり顔を出しながら他の作業をする人は41%に上るという。「会議には全員参加」は前向きで聞こえは良いが、現実がこれでは意味がない。
図B:会議で最適な参加人数は?
画面を拡大してご覧下さい。

集まるのが目的化した定例会議や朝礼もある。アジェンダがないときは、思い切って会議の開催自体をやめたほうが良い。
やめられない会議は、60分の会議を45分に短縮する方法を越川氏は提案する。時間を意識して効率的に進行しようとする上、会議後に対話する時間が捻出され、副次的効果が得られるからだ。
この会議後の15分間が大切だ。この半端時間に、部下から上司に相談を持ちかけやすい雰囲気が醸成される。こういう場があると、ちょっとしたトラブルも早めに上司の耳に入る。越川氏によると、「45分会議を採用する企業は、従業員から相談が上がってくる頻度が45ポイント増える。業績が好調な中小企業ほど相談事が多い」
中小企業では、比較的、顔を突き合わせたリアル会議が多い。この習慣を変え、オンラインとリアルを組み合わせたハイブリッド方式にするのも良い。営業や現場担当は、外出先にいるからこそ生産性を上げられる。こうした職種の人が会議のためにわざわざ会社に出向くのは非効率だ。オンラインとリアルを臨機応変に選べるほうが合理的なのはいうまでもない。
会議の資料作成についても越川氏は言及する。1時間の経営会議のために現場が費やす準備時間は、中小企業では70時間に上るという。この時間を削減する効果は絶大だ。
社内会議の資料なら、派手な見せ方や凝った作り込みは不要、伝われば十分だ。「経営会議の資料は1枚だけ」と決める企業もある。意思決定に必要な情報が入っていれば良い。1枚でも十分だ。
グラフや表を数多く示したいときは、AIツールで作成する手もある。無料や月数千円程度のツールでも半自動的にスライドができ、大幅に時間を削減できる。
ビジネスには不可欠となったメールも、社内の連絡にはビジネスチャットが適する。
「中小企業は社内外の連絡でメールを使うケースが多い。メールの数が膨大となり、7割以上の企業で『メールを見ましたか?』とさらにメールが飛び交う。これこそムダな作業だ。ビジネスチャットなら既読機能もある」
中小企業経営者の中には、AIを敬遠する人もいるかもしれないが、食わず嫌いはもったいない。
例えばAI秘書システムを導入すると、スケジュール調整や簡単なメールの返信といった秘書業務はやってくれる。クラウドのマッチングシステムを使って、比較的時給が安い地方在住者にパートタイムで経費計算などの事務作業を委託する手もある。作業単位でアウトソースすれば、従業員は売り上げに直結する仕事に注力できる。
まずは1カ月トライして検証
頭では分かっていても、従来の仕事の仕方は変えづらいものだ。ならば挑戦や変革と大仰に捉えず、行動実験だと考えてみよう。朝礼を1カ月だけやめてみる実験、会議の資料を1回だけ1枚に絞ってみる実験と割り切る。それで業績が悪化したら元に戻せば良い。結果を検証し、調整しながらまた実験する。この繰り返しで業務が改善されていく。
行動実験を社内に浸透させるには、次の2点に気を付けよう。1つは、制度やITツールの整備と並行した、文化や風土の醸成だ。それには、経営者が率先して行動実験しなければならない。
AIツールを導入したら社長自身が使ってみる。会議をオンラインにするなら、社長もオンラインで参加するなどだ。
もう1つが、現場への裁量権の譲渡だ。どの会議をやめるのか、資料作成時間を短縮するにはどんなルールが必要かなど、まず従業員に考えてもらい実践させる。その結果を経営会議で報告させ、継続するか否かの判断のみ経営者が行う。
これにより、従業員の当事者意識が高まり、個人レベルはもちろん会社全体で業務改善が進む。
経営者が細かく指示しなくとも自分たちで考え行動する、いわゆる"自走する組織"に変わる。
余裕のない会社こそ業務改善
越川氏は過去の経験からこう話す。「実際に中堅中小企業で業務改善に成功しているのは、22.1%に過ぎない。大多数の企業は、『余裕がないから』『必要ないから』と、取り組まない」
しかし、今のやり方を続けるほうが将来的にはリスクとなる。
「生産年齢人口が減少の一途をたどっている。5年後、10年後、人材不足に直面するのは明らかだ。中小企業の7割以上が、従業員の減少が即、生産量の減少につながる労働集約型だ。10人で作業する仕事を5年後に8人で回せるのか。その見通しが立たないなら、今から業務改善をすべきだ。『余裕がないからやらない』ではなく、余裕がない企業こそ着手する必要がある」
行動実験と検証を重ねれば、時間の長短はあるが、いずれ必ず業務改善は成功する。週休1日が常態化していた建設業でさえ、3年かけて労働基準法が定める労働時間内に収めた。その結果、離職率が減った。「働きやすくなったのが理由なのは大前提だが、人は無意味な作業をさせられるとモチベーションが下がる。それがなくなり意欲的になった」と越川氏は分析する。
5年後、10年後も企業を存続させるために、小さな実験から始めてみてはいかがだろうか。
自律性の育成で
労働時間減と利益率増を果たす
時短成功事例:アイダメカシステム(岡山県美作市)
アイダメカシステムは1997年に創業した機械メーカーだ。丸山隆行代表取締役を筆頭に13人の社員が、各種省力機械や専用機械の設計製造にいそしむ。
残業時間は現在、月平均約3時間。2015年に働き方改革を始めるまでは、約47時間だった。
面談と情報開示で意識改革を進める
働き方改革のきっかけは、優秀な若手社員の離職だった。
「連日深夜までの残業と土日出勤に疲れたといわれた。続けて離職者が出ないよう、業務の進め方を変えなくてはと考えた」
最初に着手したのは残業時間の削減だ。
もともと「残業するのは良いこと」という意識が社内にあった。そこで丸山氏と労務担当者で2on1の個人面談の場を持った。「残業は頑張りの証ではない。定時に帰ろう」と説いた。残業代がなくなると困るという声には、試算表を示した。「みんなが就業時間に集中して仕事をすると、これだけの利益が出てこれだけ還元できるから手取りは減らない」と丁寧に根拠を示した。
並行してインフラ整備も進めた。それまで社内連絡は主にメールで行われ、かつ縦の指示系統が守られ指示待ち時間が多かった。
そこでチャットツールを導入し、全員で情報共有を徹底した。連絡や指示待ち時間が大幅に減り、伝達ミスもなくなった。さらに、手伝いが必要なときはチャットツールに投げかけ、手伝いを募る「手挙げ文化」を広めようと、社員に呼びかけた。
社員同士が互いを評価し合う「多面評価制度」も作った。仕事を助けてくれる、相談に乗ってくれるといった項目に各自が点数をつけ、2on1面談時に本人へ開示する。
「気づきが得られ、他者を助けると自分の評価も上がると実感できるようになった。チームワークが向上し、みんなで一緒に生産性を上げようと意識が高まった」

一方で、一人ひとりが能力を発揮しやすい環境の整備も進めた。
2on1の面談で社員たちの不満や要望をじっくり聞くようにし、改善できる点から着手した。社員の要望に応え、年間休日を105日から128日に増やした。意見を無記名で社長に伝えられる"オンライン目安箱"も設けた。
得意な仕事に専念する働き方を許容したのも有効だった。
「不得意な仕事をさせても効率が悪いので、各自に得意な業務を割り振る。社員が10人いればほとんどの業務はカバーできる」
特技がなければ自分にできる仕事を探し努力するので、会社全体の生産性が上がるわけだ。
小規模なりのやり方はある
「一連の取り組みにより、戦力となる社員が辞めなくなり、社員の自律性が向上した。一人ひとりが自分のやるべき仕事を淡々とやるようになった。2021年には給与は維持したうえで、役職を廃止した。立場の上下がなくなったのでコミュニケーションが活発になり、指示待ちは減少。マネジメント業に煩わされる時間も減り、より自分の仕事に集中するようになった」
働き方改革は大手企業しかできないと考える経営者もいる。しかし一連の取り組みは、小さい会社だからできたと、丸山氏は話す。やってみて、うまくいかなければ元に戻せば良いだけだ。
最後に丸山氏に、取り組みを成功させるコツを聞いた。
「自分でやったほうが早いという考えを捨て、任せる」
少人数の中小企業だからこそ、あらゆるムダと先入観をそぎ落として業務改善を進めたい。
図C:生産性向上に向けた主な取り組み
