特集:明日への扉

コスト削減と人材確保につながる

サステナビリティ経営

地球環境問題や社会的課題は、今や中小企業も無視できないテーマとなった。
会社の経営を永続的に保つには、環境や社会との調和が不可欠だ。
環境、社会、経済のバランスに配慮し、価値を創造しながら
事業の持続的成長を図るのが、サステナビリティ経営だ。
何から始めればよいのか。会社はどう変わるのか。
サステナビリティ経営の具体的なメリットやノウハウを考察する。

  • コスト削減
  • 人材確保
  • 業績向上
  • SDGs
更新

この記事のポイント

  • サステナビリティ経営は、コスト削減、人材確保、新規顧客の獲得を実現する
  • トップの本気が、サステナビリティ経営を促進させる
  • 小さなことで構わない。自社にできることから始める
総論

サステナビリティ強化で
実質的な経営メリットを生む

協力=家森信善氏(神戸大学経済経営研究所教授)

「サステナビリティ経営は、自社の本業を通じて社会価値を生み出す視点が重要だ」と話すのは、中小企業のサステナビリティ経営を研究する家森信善氏だ。
先行して認知が広がったCSR(企業の社会的責任)との違いとは何か。CSRは利益追求だけでなく、顧客、従業員、取引先、投資家をはじめとするステークホルダーに責任ある行動を求める。社会貢献の色合いが強く、経営状態の良い企業が取り組む傾向がある。
利益追求の反動として、利益を社会に還元する狙いからの実施も多い。「最も分かりやすいのが寄付だ。中小企業の場合、会社が好調なときに経営者の思い付きで打ち上げ花火のごとく実施される傾向がある。実施の意義はあるが、長期的かつ全社的な持続可能性の実現を追求するサステナビリティ経営の施策とは似て非なるものだ」と家森氏は指摘する。

サステナビリティ経営はSDGs活動とビジネスの持続性を両立させた手法ともいえる。「中小企業にとっては、社会とのバランスを取りながら長く続く事業とするのが重要だ」と家森氏は話す。
サステナビリティ経営の実質的なメリットは多い。家森氏が実施した、サステナビリティ経営に取り組む中小企業へのアンケート調査によると、実感するメリットは「コストの抑制」を筆頭に、「他社との差別化」「従業員の意識・主体性の醸成」「人材の獲得・維持」と続く。コスト増が実施の壁となりがちな中小企業にあって、この調査結果は意外に映るのではないだろうか(図A参照)。

図A:実感するサステナビリティ経営のメリット

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              コストの抑制:52% 他社との差別化:29% 従業員の意識·主体性の醸成:27% 人材の獲得·維持:18% 新規顧客の開拓·関係強化:17% 環境意識の高い消費者層の取込み:11% 資金調達が有利に:10% 気候変動リスクの回避:8% 得られた効果·メリットはない、期待していない:9%
              なんらかのメリットを感じている企業が約9割 <回答対象者:すでにサステナビリティ経営に取り組んでいる企業(N=1,599)>
家森信善氏より提供の研究資料(23年10月実施)より

半数以上の企業が感じる「コストの抑制」の代表例は、省エネや効率化による経費削減効果だ。例えば、トラック配送によるCO2排出量削減に取り組むとする。ガソリン消費量を抑えるべくトラック稼働の効率化と配送ルートの最適化を図る。燃料費の削減が実現され、車両の削減や生産性向上による事業所の固定費削減につながる。コスト削減策が波及するのだ。

サステナビリティ経営は、コスト抑制、人材確保、新規顧客獲得の効果をもたらす。実質的な経営メリットだ。アンケート結果からも読み取れる。
「逆に言えば、これらの効果がなければサステナビリティ経営ではない。例えば、効率的なトラック配送が実現されると、すぐ届くという付加価値の高いサービスとなり、他社と差別化される。当然、新規顧客獲得のチャンスも広がる。SDGsに積極的な企業イメージは人材獲得にも優位に働く。良い人材が長く働くようになり、業務効率化や商品・サービスの差別化はさらに強化され、新規顧客の獲得に結びつく。中小企業にとっての好循環だ。各社が課題とする人材不足解消に寄与する面は見過ごせない」

アンケート結果では3割近くの企業に「従業員の意識・主体性の醸成」が見られた。サステナビリティ経営は、従業員が自社や仕事に愛着や誇りを持ち、自発的に貢献する心理状態が生まれ、従業員エンゲージメントを高める。職場が生き生きと前向きに意見する環境では生産性や業績も向上する。当然、離職率低下にも直結する。
ネガティブな評判の広まりで、企業の信用低下やブランドが傷つくリスクをレピュテーションリスクという。中小企業にとって致命傷ともいえるリスクだ。先々を考慮した上でのリスク管理としてもサステナビリティ経営は有効だ。

とにかく小さな一歩を踏み出す

サステナビリティ経営への第一歩は、どう踏み出せば良いか。「単なる社会貢献ではなく、自社の本業を通じて社会価値を生み出す視点が重要だ」と家森氏は念を押す。中小企業の基本方針を3つ掲げる(図B参照)。

図B:中小企業の「サステナビリティ経営」基本方針


              1.自社の事業と社会課題を結びつける 2.小さな一歩から始める(スモールスタート) 3.できることをできる範囲で、継続的に行う

具体的な検討として、家森氏は4つの実践ステップを推奨する(図C参照)。

図C:サステナビリティ経営の実践ステップ

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              STEP1:サステナビリティ経営のメリットを知る → STEP2:1つの社会課題を選び、小さな取り組みを始める → STEP3:自社の強みを整理し、取り組みの幅を広げる → STEP4:将来のありたい姿を描き、経営計画に統合する → GOAL:10年後もその先も続く企業へ
家森信善氏より提供の研究資料を基に作成

実際にステップを踏むプロセスでは、STEP2に悩むケースが意外に多い。家森氏が推奨するワークシート(図D参照)を利用すると、自社の状況を冷静に見つめられる。

図D:小さな取り組みを始めるワークシート

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              ワークシート1:自社の事業と社会課題(SDGs)を紐付ける 1-1:主な事業を洗い出してみましょう(例:IT事業、環境事業、建築事業) 1-2:SDGsと紐付けてみましょう
              ワークシート2:向き合う社会課題(SDGs)を一つ選び、できる取り組みから始める
家森信善氏より提供の研究資料を基に作成

「最初から大きなイニシャルコストをかける必要はない。照明をこまめに消す、紙のコピーを減らすといったこまめな配慮も立派な施策だ」と家森氏は話す。健康や働きやすさ、地域貢献といった従業員が関心を持ちやすいテーマを選ぶのも手だ。「自社が取り組めるSDGsを取りまとめ、手作りポスターの掲示から始めてもよい。とにかく一歩を踏み出すことだ。小さな前進を否定せず、褒め合う空気を醸成してほしい」と強調する。

従業員が取り組みやすい体制を整えるのは、経営層の役目だ。トップとしてのサステナビリティ経営に対する姿勢やメッセージの明言が、従業員を納得させ実行を後押しする。経営理念とSDGsの共通点を社内で共有でき、理解と共感が進む。
理解の浸透には、部門横断的なプロジェクトチームを組成するのが望ましい。議論から生まれた施策を実行し、社内での共有を深める。「従業員には、社長が代わっても続く取り組みだ、取り組みが給料にも反映されそうだと思わせたい。いかにトップの本気度を伝えられるかがカギとなる」

見切り発車は失敗の原因に

サステナビリティ経営は、中小企業においてはできる範囲で取り組めばよい。だが安易にスタートすると、何も進まないどころか面倒なだけで何も得られない負の遺産となる。
よくある失敗の筆頭は、社内理解が不十分なままの形式的なスタートだ。SDGsのバッジを付けただけでアクションが伴わなければ、誰にも本気の活動だと伝わらない。

同様に継続しない単発的な活動だと知れば、人の心は離れてしまう。取り組みの先に自社のありたい姿が明確化された経営計画が肝要だ。外部の期待に合わせ過ぎれば、自社らしさを失う。無理をすれば疲弊しやすく、取り組みは継続しない。
社内にあがる「面倒は御免だ」「やり方を変えたくない」といった反対の声には、他社の実績を示して説明したい。「従業員に、他社の先進事例や失敗例をエビデンスとして示せば、取り組みの意味はリアルに伝わる。行政からの認定やメディア掲載といった公の認定も、説得の材料となる」

中小企業にとって、サステナビリティ経営はノウハウが不足する分野だ。取り組みを確実に進めるには、外部リソースの利用も検討したい。商工会議所や商工会実施の無料セミナー、専門家派遣制度は利用する価値がある。環境省や中小企業庁、地方自治体は支援事業を実施している。補助金を利用できる可能性もある。
金融機関の利用効果も期待できる。「サステナビリティ経営は、本業が良くならなければ成立しない。金融機関のアドバイスは役に立つ。金融機関に、サステナビリティ経営を前提としたSDGsの融資制度を確認すれば、前向きに応対してくれる」
サステナビリティ経営は決して大企業だけのものではない。むしろ中小企業のほうが、効果は目に見えて表れる。すでに取り組み済みの中小企業の実態調査がその恩恵を示している。まずは、小さな一歩を踏み出すところから始めたい。

Column

フェアトレード製品で競合と差別化
SDGs活動が全社的な取り組みに

サステナビリティ経営事例:雪ヶ谷化学工業株式会社(東京都品川区)

雪ヶ谷化学工業は1952年創業の石油化学メーカーだ。ゴム製品で堅調な業績を上げる中で、サステナビリティ経営に(かじ)を切ってきた。従業員70人の同社は、化粧品用スポンジの世界シェア70%以上を持つ。
スポンジ製品はコモディティー化しやすく、常に新興国の低価格品とのシェア争いを強いられる。模倣されない高付加価値の製品開発は、長年の課題だった。
2019年、坂本昇社長は、サプライチェーンの人権侵害リスクに着目する。途上国のゴム農園では児童労働や強制労働、不正取引が懸念される。坂本社長は、適正価格で取引されたフェアトレード天然ゴムを利用した化粧品用スポンジの製品化を決める。「石油由来の合成ゴムを主原料に扱う事業は、サステナビリティに縁遠いと思い込んでいた。外部の勉強会への参加をきっかけに人権配慮の視点を得て、取り扱う製品に持続可能性を盛り込むアイデアを思い付いた」

SDGsを本業に位置付ける

SDGsを全社的に取り組む本業と明言し、全従業員を対象に勉強会を開いた。「2つのSDGs新商品の効果的なローンチ」「SDGs企業としての活動とアピール」「次年度のジャパンSDGsアワード受賞」と具体的な目標を掲げた。
主任以上を中心メンバーとするグループをつくり、SDGsの理解を深めるワークショップを定期的に開催した。社内啓発用のポスター制作や、目標達成に向けた施策も練った。各部門から若手を選抜したプロジェクトチームが、SDGs活動の具体的な目標として、「CO2排出ゼロへ」「再生可能原材料50%」「廃棄物50%削減」「女性管理職比率50%へ」「フェアトレード天然ゴム100%へ」を対外的に発信した。

社内ポスターでSDGsが全社的取り組みであることを啓発した

若手を中心とするプロジェクトチームがSDGs活動の対外的な発信を担った

天然ゴムのトレーサビリティー(追跡履歴)をたどり切れないと判断すると、坂本社長はタイ工場からスタッフを現地派遣し、フェアトレードのルートを確保した。フェアトレード天然ゴムの調査法を確立し、認証マークも創出した。22年、サステナブルスポンジシリーズとして、フェアトレード天然ゴムを100%使用した商品と、同10〜20%使用の商品を発売した。

従業員の意識が変わった

サステナブルスポンジシリーズは化粧品メーカーなど10社の16製品で採用された。また、認証制度には約10社が賛同し、商品に認証マークが表示された。目標だった「ジャパンSDGsアワード」受賞を果たし、会社のメディア露出も増えた。
メディアに取り上げられるようになると、従業員のSDGsへの意識はさらに高まった。従業員から、サステナビリティ経営に寄与するアイデアが自然発生的に生まれるようになった。茨城県稲敷市の工場の例が象徴的だ。従業員の発案により、社内で実施してきたCO2削減やリユースの取り組みを、同じ工業団地にある14の他社工場に広げた。「商品を通じて社会的メッセージを発信できるようになった意味は大きい」と坂本社長は話す。従業員エンゲージメントが高まり、会社の地力が底上げされた。高価格な新商品を是認する取引先はまだ少ないが、いずれ消費者の意識も変わり、フェアトレード製品は当たり前となるはずだ。

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