
忙しいときこそ知っておきたい
健康生活のススメ
疲れ知らずの体で仕事の効率を上げる
睡眠の質の高め方
- 睡眠時間
- 働き方改革
- 睡眠時無呼吸症候群
- 睡眠障害
この記事のポイント
- 働き盛り世代の睡眠不足は病気や死亡リスクを高めやすい
- 睡眠時間を十分に確保し、快適な環境で睡眠の質を向上させる
- 睡眠時無呼吸症候群などの病気による睡眠障害に注意する
連日の暑さで、日中の疲れが残りやすい時期です。翌日の仕事のパフォーマンスを落とさないのはもちろん、睡眠不足が招く健康リスクを防ぐためにも、良質な睡眠を心掛けましょう。
睡眠は量と質のどちらが欠けても
健康や死亡リスクに影響する
毎日、どのくらい睡眠時間が取れていますか。2021年に発表された経済協力開発機構(OECD)の平均睡眠時間の各国調査で、日本人は1日当たり7時間22分と、先進国を中心とする世界33カ国の中で最も短く、「日本人の睡眠時間は世界一短い」と話題になりました。
厚生労働省「令和4年度 健康実態調査結果の報告」によれば、最も多い睡眠時間は「6時間以上~7時間未満」(33.4%)、次いで「5時間以上~6時間未満」(26.2%)、「7時間以上~8時間未満」(16.0%)の順です。
日本人の睡眠時間は男女共に6時間以上~7時間未満がトップ
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睡眠は量(時間)より質が大事、と考える人は多いでしょう。しかし「健康で長生きするには、量と質のどちらも重要です」と、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 睡眠・覚醒障害研究部 部長の栗山健一さんは説明します。
近年の研究で、睡眠時間の短さは多くの病気や死亡リスクに関連すると分かっています。
肥満・メタボリック症候群
睡眠時間が1日当たり5時間未満の日本人男性労働者は、5時間以上の人と比べて、肥満になるリスクが1.13倍、メタボリック症候群の発症リスクが1.08倍に上昇
(日本人の男性労働者約4万人を7年間追跡した調査結果※1による)
- ※1Itani O,et al.Sleep Med.2017;39:87-94.
心筋梗塞、狭心症などの心血管疾患
睡眠時間が1日当たり6時間未満の日本人男性労働者は、7時間以上8時間未満の人と比べて、心筋梗塞、狭心症などの心血管疾患の発症リスクが4.95倍に上昇
(日本人の男性労働者2282人を対象に14年間追跡した調査結果※2による)
- ※2Hamazaki Y,et al.Environ Health.2011;37:411-417.
死亡リスク他
睡眠時間が6時間未満になると、死亡リスクが有意に上昇する
(世界中で行われた研究を系統的に収集し、92万人分のデータを解析した結果報告※3による)
- ※3Itani O,et al.Sleep Med.2017;32:246-256.
働き盛り世代では睡眠時間が短くかつ睡眠休養感のない睡眠が、将来の総死亡リスクの増加と関連する
(40歳以降の米国地域住民を対象とした平均約11 年にわたる追跡調査のデータを用いた評価※4による)
- ※4Yoshiike T,et al.Sci Rep.2022 Jan 7;12(1):189.
40歳から64歳までの成人では、睡眠時間が短くなるにつれて総死亡率が増加する
(脳波を用いた厳密な睡眠時間と床上時間を調査した研究※5による)
- ※5Basner M,et al.Sleep.2007;30:1085-1095.
働き盛り世代で睡眠不足傾向の人は特に、将来的に健康を損ねるリスクが高いと考えられます。
起床後に「しっかり休めた」と感じるか
「睡眠休養感」が睡眠の質を左右する
一方、睡眠の「質」は、「量(時間)」のように明確な数値で評価するのが難しいものです。
睡眠中の脳波や心電図、呼吸、眼球運動、いびきなどを測定する「睡眠ポリグラフ検査」を用いて睡眠の質を評価する研究も行われていますが、「専門的な機器を使わなくてもできる睡眠の質を測る方法は、どれだけ満足できる睡眠が取れたかという本人の主観的な評価です」と栗山さんは言います。
特に、朝起きたときにしっかり休めた感覚があるかどうかが、睡眠の質を評価するうえで大事なポイントです。
先に挙げた「令和4年度 健康実態調査結果の報告」では、睡眠の取れている度合いについて「夜間、睡眠途中に目が覚めて困った」(48.3%)、「日中、眠気を感じた」(38.3%)、「睡眠全体の質に満足できなかった」(34.2%)といった回答が上位を占め、睡眠の質も決して良いとはいえない状況が見て取れます。
朝目覚めたときの十分に休めた感覚を「睡眠休養感」といいます。多くの研究により、睡眠休養感の低下が健康状態を悪化させると分かりました。
心筋梗塞、狭心症、心不全などの心血管疾患
睡眠休養感の高さが心血管疾患の発症率の低下と関連する。特に若年成人と女性でこの関連が顕著
(日本での追跡調査※6による)
- ※6Kim SJ,et al.Arch Pediatr Adolesc Med.2011;165:806-812.
肥満や糖尿病
睡眠休養感の低下が6年後の肥満、糖尿病の発症と関連
(日本での追跡調査※7による)
- ※7Watson NF,et al.J Clin Sleep Med.2015;11:931-952.
高血圧
睡眠休養感の低下が数年後の高血圧発症と関連
(米国での追跡調査※8による)
- ※8Saitoh K,et al.BMC Public Health.2023 Jul 31;23(1):1456.
抑うつ感
睡眠休養感の低下が数年後のうつ病発症と関連
(日本の成人を対象とした横断研究※9による)
- ※9Saitoh K,et al.Depress Anxiety.2022 May;39(5):419-428.
40歳以降の米国地域住民、約6500人を対象にした調査では、40~64歳の働き盛り世代で「睡眠時間が5.5~6.9時間で、睡眠休養感あり」と答えた人を基準とすると、睡眠時間が5.5時間未満で睡眠休養感がある人は1.34倍、ない人は1.54倍に死亡リスクが跳ね上がると報告されています※9。
働き盛り世代の睡眠時間・睡眠休養感と死亡リスクの関連
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そもそも睡眠時間が短いと、睡眠休養感が低下します。適正な睡眠時間は人それぞれ異なるものの、厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人の場合は1日少なくとも6時間以上の睡眠を確保できるよう努める旨が推奨されています。
従業員が一定の睡眠時間を確保できるよう
仕事量や勤務時間を工夫する
毎日6時間以上の睡眠を取りたくても、残業等で帰宅時間が遅くなり、睡眠時間を削らざるを得ない状況もあります。時間外労働が長くなるほど睡眠時間が短くなる傾向を示す研究結果もあります。
時間外労働が長いと睡眠時間が短くなる
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栗山さんは「従業員の健康維持のためにも、会社にはできるだけ一定の睡眠時間を確保できる仕事量に抑える取り組みが求められます」とアドバイスします。
2019年からは働き方改革の一環として「労働時間等設定改善法」(労働時間等の改善に関する特別措置法)により「勤務間インターバル制度」導入が事業主の努力義務とされました。
同制度は1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を設け、働く人の生活時間や睡眠時間の確保につなげるのが目的です。例えば始業時刻を繰り下げる方法があります。
始業時刻を繰り下げてインターバル時間を長くする
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日本の労働者を対象とした調査※10では、勤務間インターバルが12時間未満の人は「睡眠休養感の欠如」「疲労感の増加」「ストレスをより感じている」との報告があります。
しかし慢性的に残業が多い人の場合、勤務間インターバルを入れることで生体リズムの乱れを招く可能性がありえます。
仕事のパフォーマンス低下を防ぐためにも、従業員がしっかり休める体制を整えましょう。
- ※10 Tsuchiya M,et al.Ind Health.2017;55:173-179.
交替制勤務(シフトワーク)では
負担の少ないシフトの組み方を
勤務間インターバル制度は、勤務形態が不規則な交替制勤務(シフトワーク)の人が睡眠時間を確保するうえでも有用です。
ただし、始業時刻と終業時刻が固定されないため、睡眠を取る時間帯が日によってずれてしまう点には注意が必要です。
私たちの体は「体内時計(生体リズム)」によって、自律神経活動やホルモン分泌といった生体調整機能が適正化されます。毎日夜に自然と眠くなるのも、体内時計の働きが関係しています。
交替制勤務の場合は、体内時計の機能に逆らって生活せざるを得なくなるため、体に負担がかかりやすい状況です。この負担を働く人が自分だけでコントロールするのは難しく、できるだけ会社として従業員に負担がかからないシフトを組むのが望ましいでしょう。特に日勤の翌日に夜勤といった、睡眠を取る時間帯が大きく変わるシフトは要注意です。海外を飛び回るのと同じくらいの時差ボケ状態を招き、健康を損ねる要因になります。
一般的に、体内時計は朝に光を浴びると前進し、夕方以降に光を浴びると後退します。夜勤のときにはサングラスをかけて遮光し、体内時計を交替制勤務に適応させる方法もあります。
医療機関をはじめサングラスをかけられない職場の場合は、なるべく強い照明を避けるといった工夫が考えられます。
静かで真っ暗な寝室で眠るのが理想的
暑い夏は冷房で涼しさを保とう
睡眠の質を高めるには、就寝時の環境づくりが重要です。
3大ポイントは「光」「音」「温度」です。
「光」
眠っている間に一切明るさを感じない環境がベストです。ぼんやりした明るさから煌々と照らされた明るさまで、異なる環境での睡眠状態を調べた栗山さんの研究では、ほんのわずかな光でも睡眠が乱れやすくなると分かりました。
就寝時は寝室の電気をすべて消し、真っ暗な環境で眠ると良い睡眠を得られやすくなります。
室内が真っ暗だと不安だ、夜中にトイレに起きたときに転倒する恐れもあるといった場合は、足元灯や間接照明を活用し、目に直接光が入らない工夫で安心感を保ちましょう。

「音」
できるだけ静かな環境の確保が重要です。
テレビをつけっぱなしで寝るなど、何らかの音が耳に入る環境では眠りの質が低下します。寝ている間は音が聞こえないのではと思うかもしれませんが、睡眠中も聴覚からの刺激は脳に伝達され、自律神経系やホルモン分泌に影響する可能性があります。
屋外の騒音が気になる場合は、防音機能のある窓や壁の設置といった対策も検討しましょう。
「温度」
暑過ぎず、寒過ぎない環境が理想的です。
暑くて寝苦しい思いをした経験は誰にでもあるものです。実際、夏の寝室の室温上昇によって睡眠時間が短縮し、睡眠の質が低下したという調査報告※11もあります。
睡眠の質の向上には、冷房を適切に使用した涼しい環境が不可欠です。
- ※11 Okamoto-Mizuno K,et al.Int J Biometeorol.2010;54:401-409.
就寝前の喫煙や飲酒は眠りを浅くする

寝付きを良くするには、就寝前にリラックスし、脳の興奮を鎮める習慣が大切です。
リラックスする方法は人によって異なります。自分に合った方法を見つけましょう。
働き盛りの男性の中には、喫煙がストレス解消法の一つという人も少なくありません。「タバコを吸わないと寝付けない」と就寝前の喫煙が習慣化するケースもあるようです。喫煙で一時的にリラックス効果は得られるかもしれませんが、ニコチンをはじめ、タバコに含まれる物質には覚醒作用があり、睡眠の質は低下します。禁煙すると結果的に寝付きが良くなり、眠りの質も高まります。
就寝前の飲酒も同じです。アルコールの代謝過程でつくられる物質「アセトアルデヒド」には強い覚醒作用があります。飲酒によって寝付きが良くなっても、途中で目が覚め、その後なかなか眠れなくなる事態を招きがちです。
とはいえ喫煙や飲酒を急にやめると、かえってストレスを大きくする可能性もあります。仕事の合間にしっかり体を動かしたり、他の好きなことでストレス解消したりして、夜になったら自然と眠くなる状態に自分を持っていくと良いでしょう。
眠れないときに頑張って眠ろうとするとかえって脳がさえ、ますます眠れなくなるケースもあります。あえて難解な本や仕事の資料を読み「自然と眠くなる」状態をつくるのも方法の一つです。
40代以降は睡眠時無呼吸症候群や
むずむず脚症候群などに注意する
睡眠不足や睡眠休養感低下の裏には、睡眠障害が潜んでいる場合もあります。
40代以降の男性の有病率が高い「睡眠時無呼吸症候群」は睡眠障害の一種です。睡眠中に呼吸が何度も止まったり浅くなったりして低酸素状態に陥る病気で、次の4つが代表的なサインです。
- 周囲の人からいびきを指摘される
- 睡眠中によく目が覚める
- 日中に眠気を感じたり、居眠りしたりする
- 朝起きた後、頭痛や体のだるさが残る
睡眠時無呼吸症候群を発症しているにもかかわらず、睡眠休養感は保たれる場合もあるので、上記徴候にも注意する必要があります。上記のような症状があり周囲から医療機関への受診を勧められて検査した結果、重度の睡眠時無呼吸症候群だと診断されるケースは決して珍しくありません。
加齢による上気道の筋力低下に加え、肥満も大きな原因になります。適切な食生活や運動習慣で肥満を予防・改善するのも大切です。
あごが小さい、首が短いといった身体的な特徴が原因になる場合もあります。気になる症状や思い当たる点があれば、早めに医療機関で検査を受けましょう。

ベッドに入って安静にしている際に、脚に「むずむず」「ざわざわ」「ひりひり」「虫がはう」といった不快な感覚が生じる「むずむず脚症候群」や、睡眠中に脚や腕の筋肉のピクつき(不随運動)がくり返し生じる「周期性四肢運動障害」も40代以降に注意が必要な病気です。
前者は眠気があるのにうまく寝付けない、後者は中途覚醒が増えて深く眠れない、といった睡眠障害を招きます。むずむず脚症候群と周期性四肢運動障害を合併するケースも多くあります。
これらの病気は、通常の睡眠薬を服用しても良くなりません。「不眠症」と誤った診断を下され、処方された睡眠薬が効かないと悩んだ末に本当に不眠症になってしまう可能性もあります。主治医の診断に納得できない場合は、セカンドオピニオンの検討も重症化を防ぐうえで大切です。
近年は睡眠時無呼吸症候群や睡眠障害の専門外来のある医療機関もあります。
日本睡眠学会のWebサイトで、全国の専門医を検索できます。
日本睡眠学会 睡眠医療認定一覧
自分の睡眠を"見える化"する
自分の睡眠を客観的に把握するには、「睡眠チェックシート」を活用するのもおすすめです。
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「健康づくりのための睡眠ガイド2023」準拠
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睡眠の質を点数化した「睡眠スコア」を表示できるウェアラブルデバイスや睡眠アプリも多数あります。自分の睡眠時間を適切に管理するうえで役立つアイテムといえますが、評価精度にバラつきがあることが指摘されています。栗山さんの研究チームでは、2025年秋ごろの公表に向けて各デバイスの評価精度に関する研究が進められています。
より良い眠りで長く健康に働くために、会社や個人としてできる工夫と、ツールや仕組みの活用の両面から取り組みを進めましょう。
栗山 健一
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
睡眠・覚醒障害研究部 部長
1999年、筑波大学医学専門学群卒業。03年、東京医科歯科大学(現 東京科学大学)大学院修了。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 成人精神保健研究部室長、滋賀医科大学 精神医学講座准教授などを経て19年より現職。早稲田大学、東京慈恵会医科大学、東京農工大学、滋賀医科大学で客員教授を務める。著書に『60歳からの新しい睡眠習慣』(河出書房新社)などがある。