中小企業こそ実践したい!

チームビルディングのイロハ

心理的安全性を育むチームづくり
メンタル不調の根を断つ

「従業員にやる気がない」「人が育たない」「すぐに辞めてしまう」
といった人に関する悩みを抱えていませんか。
従業員のモチベーションをアップし、企業を成長させる
理想の組織はどうすればつくれるのかを紹介します。

  • メンタル不調
  • 心理的安全性
  • 沢渡あまね
更新

この記事のポイント

  • メンタル不調の要因は尊厳への冒瀆ぼうとくが続くこと
  • 外部の力を上手に取り入れる
  • 今のやり方にこだわり過ぎない

職場における従業員のメンタル不調は、組織にとって大きな課題だ。厚生労働省が労働者のメンタルヘルス対策の推進等を織り込んだ「THP指針」(※)を打ち出したのは40年近く前の1988年だ。以来、産業構造や働き方の変化に合わせて改正され、事業者・労働者双方とも健康保持増進に努めているが、その実現はなかなか難しいようだ。図Aが示すのは、職場で強い不安や悩み、ストレスを感じている労働者の割合だ。1987年から多少の増減はありつつもほぼ一定の範囲で推移していたが、2022年に急増し、8割を超える労働者が何らかのメンタル不調に陥っている。

図A 職業生活でメンタル不調を感じる労働者の割合

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1987年:55.0%
          1992年:57.3%、1997年:62.8%、2002年:61.5%、2007年:58.0%、2012年:60.9%、2013年:52.3%、2015年:55.7%、2016年:59.5%、2017年:58.3%2018年:58.0%、2020年:54.2%、2021年:53.3%、2022年:82.2%。強い不安、悩み、ストレスの内容(3つまでの複数回答) 仕事の量:36.3%、仕事の質:27.1%、対人関係(セクハラ・パワハラを含む):26.2%、役割・地位の変化等(昇進、昇格、配置転換等):16.2%、仕事の失敗、責任の発生等:35.9%、顧客、取引先等からのクレーム:21.9%、事故や災害の体験:3.6%、雇用の安定性:11.8%、会社の将来性:23.1%、その他:12.5%
出典:「職場におけるメンタルヘルス対策の現状等」厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課(令和6年)

沢渡あまね氏はメンタル不調が起きる要因として、「自分の尊厳が踏みにじられ続けたときに起こる」と見る。要因は、物理的な業務量の多さや仕事内容とのミスマッチ、あるいは人事評価のすれ違いと多様だが、それらによる一方的な決めつけやハラスメントが日常的に継続されるとメンタル不調を引き起こす。

「押さえておきたいのは本人に自覚症状があるかどうかです。懸念されるのは自覚症状がない場合です。本人も気付かず周りからも分からないため、ある日突然心身が限界に達してしまうパターンもあります。過労死ラインのガイドラインに照らし合わせたり、産業医等専門家に相談したりして、一線を越えないマネジメントが必要です」と警鐘を鳴らす。

外部の力は経営トップにも有効

メンタル不調を防ぐチームづくりのために沢渡氏が提案するのは、越境と共創体質に組織を変化させる方法だ。「越境」とは、今の組織や地域を少し越えて人と人がつながり、既存の問題や課題を解決する、あるいは新たな価値を生み出す考え方だ。外部の人材やサービスを活用したり、同業他社とプロジェクトチームを組んだり、その方法は多岐にわたる。

中小企業においてメンタル不調につながりがちな課題に、業務量過多がある。慢性的に人手が不足している中小企業では、業績を上げようとするとどうしても一人ひとりの負担が大きくなる。そのため仕事を休みたくても休めずメンタル不調を引き起こしてしまうケースが往々にしてある。「こうした場合、まずは業務そのものを見直すのも手です。何が何でも現状維持をしようと考えが固定されていないでしょうか。例えば休職者が担当していた仕事のすべてを、残ったメンバーで賄おうとしても限界がある。担当者が不調で不在になった場合には、既存の仕事の必要性を見直すマネジメントもあるかもしれません。目先の業績だけにこだわらず、少し先を考える視点も必要です」

それが難しい場合は、越境の発想を使い部分的な外注やクラウドサービスの利用、副業(複業)人材の活用に取り組んでみてはいかがだろう。今やフルタイム雇用だけが組織を継続させる時代ではない。より良いチームビルディングには上手に外部を活用する柔軟性も必要になる。

もう一つ中小企業に非常に多いのが、逃げ場がないパターンだ。同僚や同期の数が少なく異動がほとんどない場合、人間関係が固定され過ぎて逃れられない。そこからメンタル不調に陥り、やがて離職や退職となってしまうケースも少なくない。沢渡氏はここでも越境を提案する。例えば、顧問やメンターを外部に依頼してみるのだ。組織の外に役割を依頼することにより、相談できる人材ができ、従来にはない方法や成功法則が見つかる可能性も高い。「現在は外部メンターを専門とする会社もあり、すでに取り入れている中小企業も少なくありません。この取り組みは従業員だけでなく、役員や経営者の方にも有効です。企業のトップは、経営について誰にも相談できず孤独になりがちです。外部の力をうまく使い意思決定を支えてもらうやり方があっても良いのではないでしょうか」

図B メンタル不調にならないチームづくり

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外部の会社と合同でプロジェクトを立ち上げる、今の仕事に副業(複業)人材に加わってもらう、専門会社に顧問やメンターを依頼してみる

今、企業側に求められるのは、社会に広がる多様なサービスや情報を広く知り得て、うまく取り入れるスキルといえそうだ。

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社内に敵がいない環境をつくる

メンタル不調に陥らないために大きく影響するのが「心理的安全性」だ。心理的安全性とは、組織において自分の考えや意見を安心して発言したり、表現したりできる状態を指す。ただし、何でも言いたい放題なのではなく、組織や仕事をより良くするために、きちんと意見を伝え合い、受け止め合う環境を意味する。心理的安全性はチームビルディングの構築にも欠かせない。根底には、相手へのリスペクトがある。重要なのは、仕事をする上での言葉の使い方やふるまい、業務への取り組み方まで、お互いの尊厳を大切にする心がけだ(図C)。一方的にばかにしたり、下請け扱いしたりするのはもってのほかで、とりわけ気を付けたいのは悪気のない一言だ。自分では何気なく発した言葉が相手の尊厳を傷つける場合もあり、注意が必要だ。

図C リスペクティング行動の3つの要素

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リスペクティング行動:発言、行動、業務プロセス。発言や行動だけでなく、仕事におけるスピード感などもリスペクティング行動の要素に含まれる
出典:『悪気のないその一言が、職場の一体感を奪っている』(沢渡あまね・著、日本能率協会マネジメントセンター)

自分の「べき論」を押しつけないのも大切なポイントだ。これはトップも現場も職位にかかわらない。「前任者がこのやり方だったから」「社会人はこうあるべき」など、前例や思い込みに凝り固まった「べき論」は悪気がなくても組織を硬直させる。

心理的安全性の確立には、安心して自己を開示し、相手を尊重して他者を理解する環境が土台となる。沢渡氏は「ここには敵がいない」という状況を心理的安全性がある環境だと表現する。現実は、本来一つのチームとなって団結する必要があるが、周りを見渡すと社内が敵だらけの状況も珍しくない。こうした状況下では、むしろ社外のほうが言いやすい場合が多い。組織内にこだわらず、越境環境を上手に使いこなして「ここには敵がいない」環境の構築に努めたい。

視野を広げる

もう一つ、心理的安全性を育むために効果を発揮するのが言葉の力だ。組織に変革をもたらし、より良いチームづくりを実現した経営者は言葉にこだわる傾向が強いと沢渡氏は分析する。静岡県掛川市にあるコプレックという精密板金加工業の会社は「工場を、誇ろう。」をスローガンに労働環境の改善に取り組んだ。結果、求職者は3.5倍になった。発信が得意な経営者は自らの考えを言語化して伝えれば良い。苦手であれば外部の力を活用して発信する手もある。ただしどの手法でも一方的に発信するだけでなく、きちんと受信する姿勢との両立は欠かせない。

「変化が激しい今の時代、何かしなくてはと考えながらも行動に移せない、打つ手が見つからないと諦める経営者も少なくない。経営者の方にお伝えしたいのは、自分だけ、自社内だけで頑張ろうとしないことです。今は様々な形で外部の力を借りられる状況があります。決して一人で抱え込もうとはしないでいただきたいです」

メンタル不調に陥らない強いチームビルディング実現に向け、経営者も現場も現状にこだわり過ぎず、もう少し視野を広げ、視座を高くして状況を捉えてみてはいかがだろう。

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監修

沢渡 あまね

あまねキャリア代表取締役CEO

1975年生まれ。作家・企業顧問/ワークスタイル&組織開発。「組織変革Lab」主宰。ダム際ワーキング協会共同代表、大手企業人事部門・デザイン部門ほか顧問。プロティアン・キャリア協会アンバサダー、DX白書2023有識者委員。日産自動車、NTTデータなど(情報システム・広報・ネットワークソリューション事業部門などを経験)を経て現職。400以上の企業・自治体・官公庁で、働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演を行う。趣味はダムめぐり。#ダム際ワーキング 推進者。組織改革・マネジメント変革に関する著書多数。