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意外と知らない世界の文化

タイの屋台文化に見る
自由で多様な食の楽しみ方

タイの国旗
国名
タイ王国
面積
約51万4000km2
人口
約6609万人(2022年 タイ内務省)
首都
バンコク
言語
タイ語
  • タイ
  • 屋台文化
  • 中食が主流
  • 年上を敬う
  • ニックネームで呼び合う
更新

この記事のポイント

  • 中食文化が日常生活に定着していて、食を通じたコミュニケーションが活発
  • 外国の文化を柔軟に受け入れ、独自にアレンジする国民性
  • ビジネス上も「サバイ」(気楽にいこうよ)の精神。おおらかで寛容

東南アジアに位置する常夏の国・タイ王国は、東南アジアで唯一、植民地支配を免れた独立国だ。長い王朝の歴史を持ち、インドや中国といった近隣の国の影響を受けながら、独自の文化を築き上げてきた。歴史を象徴する多くの古代遺跡群を有し、世界遺産に登録されたアユタヤ遺跡、スコータイ遺跡は観光スポットとしても人気を集める。

タイの名物の一つが、タイで暮らす人々の胃袋を支える屋台文化だ。タイでは共働き家庭が多く、外食頻度が高いといわれる。特に都市部の家庭ではあまり自炊をしない。材料を買ってきて調理するより、外食で済ませる方がコスパが良いからだ。タイの屋台料理の値段は、バンコクなどの都市部で1品およそ130バーツ(400円前後)、郊外なら40バーツ(120円前後)ほどだ。家で食べる場合も、ごはんは炊くが、総菜やおかずは屋台や市場で購入するのが一般的だ。いわゆる中食なかしょくスタイルである。

バンコクで人気のナイトマーケット。土産物の小物からファッション、フード、ドリンクなど多様な商品が並ぶ

1日の食事すべてを屋台で済ます人も決して珍しくない。朝食なら、おかゆとパートンコ(揚げパンに甘い豆乳を付けたもの)が定番だ。昼食や夕食には、パッタイ、クイッティアオといった麺料理や炒め物、カオパット(タイ風チャーハン)、ガパオなどが人気だ。

屋台では、味付けも自分好みに調整可能だ。料理の注文時に「○○を入れて」「○○は入れないで」とか、「辛くしないで」などと頼むことができる。

食事の量は少なく、回数は多く

屋台で売られる商品はバリエーション豊かだ。タイの定番料理のほか、カットフルーツやイカの干物、揚げバナナなどタイのおやつ、オリジナルのシェーク、中には昆虫食を扱う店もある。屋台料理の多様さには、タイ国民の自由な発想力が表現されているといっても過言ではない。

2024年に屋台営業に関する規制が厳格化されたものの、もともと屋台は手軽に始められる商売の代表格だった。売りたい商品があれば誰でも開業できたうえ、テーブルや椅子を置く面積にも制限がなかった。そんなオープンな背景もあって、変わり種のお店も多く、その多様性が屋台文化をより魅力的なものにした。

もう一つ、食事1回あたりの量が少ないのもタイ人の特徴だ。例えば、タイのインスタントラーメンを見ると、日本のものと比べて2/3程度と小さい。その代わり間食の回数が多く、軽食を含めると1日4-5回、食事をするケースも珍しくない。

実は、1回の食事量が少ない理由は味の濃さ、辛さにも関係していると考えられている。ソムタム(青パパイヤサラダ)や麺類など、多くの料理にはしっかりとした味付けと辛味があることで、胃袋に物理刺激を与え、少量でも満足感を得られるからだ。ただし腹持ちが悪いのは否めず、少量の食事をちょこちょこ食べる習慣が根付いたとされる。これがまた、多様な屋台文化が発展した理由の一つかもしれない。

新しいものを取り入れ融合させる国民性

タイの人々にとって外食は、コミュニケーションの場としての役割も大きい。「お祝いだから」「仏教の日だから」「日曜だから」と理由をつけて「外食しよう」という流れになる。食事は、お互いの仲を深める大切な手段なのだ。

料理もおいしさだけではなく、エンターテインメント性のあるものが好まれる。最近は日本のしゃぶしゃぶとすしがセットになった「SHABUSHI(しゃぶし)」が人気だ。SHABUSHIは1人ずつ用意されたしゃぶしゃぶ鍋に好みの味のスープを入れ、回転ずしのように流れてくる肉や野菜を入れて食べる料理だ。以前は、すしもレーンに流れていたが、今は自分で取りに行くビュッフェ方式が主流だ。

カラフルでかわいい「ルークチュップ」。緑豆やココナッツミルクを使ったタイの伝統菓子だ。

SHABUSHIに限らず、タイの日本食にはタイ文化を感じさせるアレンジが加えられたものが多い。すしは、タイ人の苦手な生魚ではなく、加熱した食材を多くネタに使う。握りずしのサイズは、日本のものより小さい。カラフルなすしが並ぶ様子は、タイの伝統菓子「ルークチュップ」を思わせる。タイならではの光景だ。

タイで日本風の定食を頼むと、キムチが付いてくることが多い。辛い物好きな人が多い、タイならではの配慮だ。

このようにタイの人々は、新しい文化を積極的に取り入れ、既存の文化と融合させるのがうまい。"タイ流の日本食"を見るだけでも、彼らの柔軟性や楽しさを追求するポジティブな国民性がうかがえる。

タイの食事方法にも触れておこう。タイでは基本的にスプーンとフォークを使用する。箸は麺類(主に汁麺)を食べるときに用いる。カオニャオ(モチ米)を食べる際には手で食べるのも日常的だ。一方、日本と違い、器に口を付けるのはマナー違反だ。汁物を飲むときは必ずレンゲ、またはスプーンを使うようにしよう。

距離感で変わる接し方

「ほほ笑みの国」ともいわれるタイの人々は明るく穏やかな性格だ。誰とでも笑顔で接する国民性がある。知らない人にもフレンドリーで、困っていると察したら、すぐ話しかける。人を支えたり助けたりしようとする優しさは、タイ国民の95%が信仰する仏教の教えが影響していると考えられる。仏教の道徳観は、学校の授業でも教えられる。礼儀正しい振る舞いや、年上を敬い年下を大事にする精神が日常に息づく。名前の呼び方も年齢で変わり、年上の人には名前の前に「ピー」を付ける。例えば、ナロンさんなら「ピー・ナロン」になる。飲食店など自分より年上の店員へ声をかけるときは「ピー」、年下の場合は「ノーン」と呼ぶ。ただし、企業などオフィシャルな場面では、「クン」(訳=○○さん)をつけるため「クン・ナロン」となる。仲良くなるために覚えておきたいのが、タイ式の挨拶「ワイ」である。先方への敬意を示す意味があり、両脇を締め、合掌しながらお辞儀をするものだ。敬意の大きさによって手を合わせる高さが変わる。仏像や仏僧を拝むときは親指を眉間に、目上の人への挨拶時は親指を鼻先に、それ以外は親指をあご先に当てる。

タイ語で挨拶するときは「サワッディー」(訳=こんにちは)と言うが、丁寧語である「カー」あるいは「クラップ」を付けよう。カーは女性、クラップは男性が使う丁寧語で、日本語の「です」「ます」に相当する。つまり、女性は「サワッディー・カー」、男性は「サワッディー・クラップ」になる。

仲良くなってくるとワイは不要になる。挨拶の言葉も「パイ・ナーイ」(訳=どこへ行くの?)、「キン・カーオ・ルヤン?」(訳=ごはん食べた?)と、くだけたものになる。これらは「ハロー」と同じ感覚で深い意味はない。

ニックネームで呼び合うのがタイ流

仲良くなりたいときは、自分のニックネームを伝えるのも一つの手だ。

タイには、生まれたときに親が付けたニックネームで呼び合う風習がある。かつて乳児死亡率が高かった時代の「子どもが死亡するのは精霊に連れ去られるから」という考えが起源とされる。「うちの子は人間ではない」と精霊を"だます"ために「モッ(アリ)」「ヌー(ネズミ)」といったニックネームを付け、子どもの健やかな成長を願うという。

オフィシャルな場でもごく自然にニックネームで呼び合う。仲の良い友達同士でも、互いの本名を知らないケースは珍しくない。

会話で距離を縮めたいなら、食べ物や日本のアニメ、若い世代ならK-POPの話題がおすすめだ。日本へ旅行に行く人も多く、日本の観光スポットや名物料理の話題にも興味を持ってくれるだろう。

NGなのは王室の話題だ。タイでは、王室を悪く言うと侮辱罪に当たる。避けた方が無難だ。もし話を振られたら、深入りしないように気を付けながら話題を変えたい。

仲良くなりたい相手には「ごはん行こうよ!」と声をかけると良い。「この料理がおいしい」「これが名物」と一声添えると、興味を持ってもらいやすいかもしれない。

経済的に裕福な人は、オーガニックや健康に良いものに関心が高い傾向がある。日本の食材への信頼度も高く、日本産の菓子や果物を差し入れると喜んでもらいやすい。

失敗もおおらかに受け入れフォローし合う

食事をしながらのコミュニケーションは距離を縮めるのに最適だ

タイの国民性はビジネスの場でも垣間見られる。タイには「サバイ」(訳=気楽にいこうよ)という言葉があり、オフィシャルな場にも「ゆっくりいこうよ」「無理しないで」というおおらかな雰囲気が漂う。

タイ人は真面目で、与えられた業務に丁寧に取り組む人が多い。ただし、日本人と比べると、責任の所在や時間にシビアではないことに気を付けたい。タイでは誰かが遅刻や失敗をしても、周りの仲間は「マイペンライ」(訳=気にするな、問題ない)と声をかける。だだし「マイペンライ」は、ミスした本人も言うことがある。これは「問題ないです。大丈夫です」「気をつかわなくてもよいです」といったような意味もある。失敗を責めずサバイで許し、皆でフォローし合うのだ。

このおおらかさは、ピリピリしがちな日本人が見習いたい部分でもある。忙しいときこそ「サバイ」の精神でコミュニケーションを行えば、職場の空気がもっと明るく楽しいものになるはずだ。

監修

宇都宮 由佳

学習院女子大学
国際文化交流学部 教授